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しあわせの再定義

川上:そんな時代、僕らはどのように子ども達を教育したらいいのでしょうね。

嶋瀬:この間、アメリカでベンチャーキャピタルの社長たちと食事をしたんですが、その時、自分の子ども達にどういう教育をしているかっていう話になったんですよ。
興味深かったのが、誰も自分の子どもを金融関係に進ませていなかったということ。
アメリカの金融といえば、給与がずば抜けて高いことで有名ですよね。
でも、彼らのうち、誰も子どもをその道に進ませていなかったんです。
僕はその時、「お金と幸せの相関性は、実は低いんじゃないか」って思いました。

川上:それは、プライベートジェットで世界を飛んでしまうようなお金持ちに限ったことではなく、すべての人に当てはまる、と?

嶋瀬:以前、ソフトバンクの孫社長も「私ごとは早めに終わらせるべき」と話していましたが、まさにその通りで、「たくさんお金を稼ぎたい」とか「裕福な暮らしがしたい」とか、そんな個人的な欲求は若いうちに達成し、できるだけ早めにその次元から抜け出して、事業へ集中しないといけないって思うんですよ。
そうしないと、いつまで経っても個人的な欲に目が眩んで、その先の事業ややるべきことが見えてこない。

川上:それはよくわかりますね。
僕も学生にいつも「生活の最低ラインを決めた方がいい」と話しています。それで自分がいくら稼ぐ必要があるか、わかりますよね。ファイナンス分野では、そういう最低ラインを決める基準があるんですよね。資本コストってやつです。話題になったROEが8%ないといけないとか、はまさにその話。
人間の話に戻すと、もし、1年間500万円で生活できるなら、無理に年収800万円や1000万円を求めようとして、好きでもない仕事を続ける必要はない。それよりも、最低ラインを超えているなら、世の中に対してインパクトがあるとか、やってて楽しくて仕方ないとか、そういう仕事をしたほうがいいですね。
それがいつのまにかたくさんあればいいという考えにすり替わって、「お金持ちになりたい」「裕福になりたい」という願望にいつまでもがんじがらめになるのは、幸せではないですからね。

嶋瀬:アメリカの富豪と言われる人たちを見ていると、お金や時間の使い方がとても上手だと思いますね。
日本だと大学を卒業してサラリーマンになると、よくも悪くも安定してしまって、一つの価値観からなかなか抜け出そうとしない。
でもアメリカでは、多くの学生が大学の学費を自分で払っているし、社会人になるときには、文字通りマイナスからのスタートです。
常にステップアップを考えているから、新しいことを始めようとする意欲も強いし、投資にも積極的なんですよね。

川上:だから、世界を揺るがすような多くのイノベーションは、アメリカから生まれるのかもしれないですね。

嶋瀬:確かに、日本人はアメリカ人に比べてイノベーションを起こすのが苦手ですよね。
その理由は様々で、例えば、経営指標や市場調査データなど、数値の読み方がわからないとか、生のデータを読まずサマライズされたデータを探してしまうとか、合議制の文化が根強いとか。
また、極端に失敗を嫌う国民性というのも、イノベーションを起こしづらくしている要因の一つ。
でも、リスクを取らなければリターンを得ることもできないし、失敗を数えるような減点主義ではイノベーションを起こすことなど到底難しいですよね。

川上:あと、日本の教育はこれまで「問題を解決するためのツール」を身につけることに重点を置いていた感じがします。
でも本当は、問題解決の思考法を身につけることが大事なんですよね。
日本でイノベーションを起こすのは面白いことに、業界外の、いわゆる門外漢の人たちが多いんです。
たとえば、宅配クリーニングを行う「リネット」という企業があります。
ここは今、いろんな意味で注目しているところなんですが、とにかく価値の提案の仕方が絶妙で、「宅配でクリーニングをします」じゃなくて、「”プレミアム仕上げ”で買った時よりも着心地のいい仕上がりになります」って、アピールしているんですよ。
でも、リネットの社長は井下さんという若い男性なんですが、もともとクリーニング業界の出身じゃなくて、太陽光パネルの技術者。
「日常生活のモヤモヤを解決したい」ということから、この業界に参入したんですが、全くの門外漢だからこそ、消費者の課題を見つけることができ、「0→1」のイノベーションを起こすことができたのかもしれないですね。

嶋瀬:それはユニークな事例ですね。
そういう若い人たちが、どんどん出てきたら日本の産業も変わるのかもしれない。
これまでの時代、勉強はいわば「コピーすること」でした。
トヨタがフォードを真似して、大企業に成長していったように、とにかく真似することに価値があった。
でも、これだけデジタルの文化が浸透し、ITが発達した現代では、コピーなんて誰にだってできるし、以前のような価値を失ってしまった。
だからこそ、「0→1」を考えることのできる能力がますます必要になってくると思うんです。

川上:サイモンという経営学者が話していることなんですが、物事には価値前提と事実前提があるんですね。
たとえば、ある人が「医者になりたい」と話したとする。
その気持ちは、本人の主観や価値観に基づいた「価値前提」であるから他人が否定するべきではありません。
でも実際、医者になるには客観的な知識や技術、情報に基づいた「手段」が必要で、こうした「事実前提」の事柄は、周りの教師や大人が導いてあげた方が良いでしょう。
つまり、「事実前提」の事柄はある程度、決まりに則って進めることができ、多くの場合、反復作業で成り立っているため、そうしたことはプログラミングするなどして効率よく進めた方が良いんです。
要するに、「価値前提」の事柄はいわば「0→1」の作業で、それは個人に委ねるべき。
一方、「1→100」は例えば机に向かって行う反復学習で、こちらは教師が後押しをするべきってなるんですね。

嶋瀬:なるほど、企業でも同じことが言えますね。
たとえば、経理部門などは反復の「1→100」だからシステマチックに行うもの。
でも、マーケティングは常に新しい「0→1」の作業だから、人間に委ねられるんですね。
僕自身は「0→1」タイプの人間だから、若い人たちに指導するときも、つい自分で動きそうになってしまうんだけど、それじゃ次の世代が育たない。
だから、相手が気づかないようにさりげなくエサを投げ、少しずつ気づかせて「0→1」そして「1→100」の作業を行うスイッチをオンにしてあげることが、自分の役割だと思うんですよね。

川上:素晴らしいですね。
だいたい、経済界の偉い人たちは「みんな、オレがやったんだ!」って、全部自分のおかげみたいに話しますけどね(笑)

嶋瀬:確かに日本はものづくりが得意な国民性だから、ある程度は「0→1」の発想ができるかもしれない。
でも、“超革新”を起こすような「0→1」の発想ができる人って滅多にいないんですよ。
だから、せめてゼロから0.5を目指すのでもいい。
もっと視野を広く持って、アイデアを膨らませる必要があるかもしれませんね。

川上:なかには、「0→1」に見せかけた「1→100」っていうものもありますよね。
つまり、他の業界で成功した技術を持ってくるって言うパターン。
スティーブ・ジョブズが、ITにアーティストの常識を持ち込んだみたいに、他の業界のアイデアを持ち込む柔軟さも必要かもしれないですね。

嶋瀬:間違いなく思うのは、今はチャンスの時代だっていうこと。
これだけ技術革新が連続して起こる時代は、歴史上、滅多にありませんし、2030年〜30年くらいまでは基礎技術をどう応用していくかっていうことが、大切になっていくでしょう。
だから今の若者たち、特に10代の学生は、早いうちからお金と時間の使い方を学んで、世界で戦える人材になって欲しいって思います。

川上:自分の”最低ライン”を早めに決めて、好きな仕事でそれを超えること。
そうすれば、その先に自分が世の中をどう変えていけるのか、ビジョンが見えてくるでしょうし、それが人生観や幸せの定義にも繋がってくるんでしょうね。

嶋瀬 宏
アウトブレイン ジャパン株式会社 社長。2001年 三菱商事株式会社入社。国内外における新規プロジェクト開発などを担当。同社退職後、新規事業のインキュベーション・コンサルティングを行う株式会社ステラ・ホールディングスを設立。2013年11月よりアウトブレイン ジャパン株式会社の社長に就任し、オンラインパブリッシャーとコンテンツマーケティングを展開するさまざまな企業をサポートしている。

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